【調査を「読み解く」試み⑤】エンゲージメントレベルが低迷する要因の模索(調査レポート上の先進国のデータから読み取れること)
◆このコラムの要約◆
国別の調査結果を分析すると
先進国では
「フルタイム社員の比率が低いと
エンゲージメントレベルが低い」
という関係性が見えてくる
ギャラップ社のエンゲージメント調査で
日本のエンゲージメントレベル(順位)が
低迷する要因には
「日本のフルタイム社員の比率が高くない」
ことの影響があると考えられる
◆サーベイフィードバックの視点◆
調査分析の際に
相関係数を算出することで
本質的なポイントを
可視化できることがある
■先進国など33ヵ国を対象にした独自分析
ギャラップ社のエンゲージメント調査レポートには140ヵ国・地域の結果数値が記載されていますが、このコラム上ではデータを絞り込み追加分析を試みます。
具体的には、ギャラップ社の調査レポートの194~205ページに記載されている世界各国のデータから、日本と経済的なライフスタイルが類似している先進国・地域31ヵ国および国連常任理事国の中国・ロシアを加えたデータに絞り込み、計33ヵ国・地域のエンゲージメントレベルの結果を2つの表にしました。
1つ目の表は、それらの国をエンゲージメントレベルの数値の高い順に並べています。
エンゲージメントレベル「Engaed」の割合が
・上位(15%以上)の国・地域・・橙色
・中間(13~14%)の国・地域・・無色
・下位(12%以下)の国・地域・・水色
で表現してみます。
引用元:State of the Global Workplace 2017(GALLAP),
pp194-199 を元に加工作成
まず、「先進国+国連常任理事国」群の中で比較しても
アメリカの数値が一番高く、日本が下位
であることがわかります。
一方、先のコラム③で指摘したとおり、
一番高いアメリカでも33%止まり
であり、
西欧圏の国の多くは10%台または一桁台、
そして
東アジア圏の国の数値は日本と同レベルの5~7%
となっていることがわかります。
■「フルタイム社員の比率」という観点を加えた追加分析
実はギャラップ社のエンゲージメント調査レポートには、世界各国の「エンゲージメントレベル」の結果一覧(194~199ページ)に続き、世界各国の「フルタイム社員(Employed full time for an employer)の比率」が掲載されています(200~205ページ)。
そしてこのことから、ギャラップ社のエンゲージメント調査結果には「フルタイム社員」と「フルタイムではない社員」のデータが含まれていることがわかります。
そこで今度は先の「表①」の数値を、世界各国の「フルタイム社員の比率の高い順」に並び替えてみます。色分けはエンゲージメントレベルのものをそのまま維持します。すると、どのような傾向が表れるでしょうか。
引用元:State of the Global Workplace 2017(GALLAP),
pp200-205 を元に加工作成
実は、世界各国の「エンゲージメントレベル」の結果を「フルタイム社員の比率」順に並び替えても、上位に属する国々と下位に属する国々の色がほとんど混じらない結果となります。この現象はどのようなことを意味しているのでしょうか。
何か関係性が見えそうなので、両者の関係を視覚的にイメージするためにグラフ(散布図)を作成してみます。
引用元:State of the Global Workplace 2017(GALLAP),
pp194-205 を元に加工作成
このように、散布図上の個々のデータが、傾きのある直線に沿うような形の分布になっているとき、
調査分析の世界では
「エンゲージメントレベル」と
「フルタイム社員の比率」には
「相関」がみられる
という表現を用いることがあります。もう少し具体的にいうと
「エンゲージメントレベル」と
「フルタイム社員の比率」の高低には
関係性があるといえるのではないか
という解釈の根拠となります。
上記33ヵ国・地域のデータについて「エンゲージメントレベル」と「フルタイム社員の比率」との関係性の強さを測る「相関係数」をExcelを用いて算出してみると
相関係数は「0.62」
でした。これまでの調査実務経験に基づき判断すると、組織・人事調査の分析においても
この「0.62」という相関係数の数値は
「相関あり」
と解釈して問題ない水準にあります。
■相関をもとにした因果の推察
一方、「相関」は一般的には「因果」を示すものではありません。
つまりは解釈の方向性としては
「フルタイム社員か否か」
↓
「エンゲージメントの高低に影響」
という解釈の可能性だけではなく
(「個人のエンゲージメントの高低」
↓
「フルタイム社員(になれる)か否か」)
という2つの方向性(どちらが鶏か卵か)が成り立ちます。しかしながら、
(北米圏の人は
エンゲージメントレベルが高い
だから
フルタイム社員になれる機会を得やすい)
(東アジア圏の人は
エンゲージメントレベルが低い
だから
フルタイム社員になれる機会を得にくい)
という解釈に対する納得度はどうでしょうか。議論の余地はあるかもしれませんが、ここではその納得感は低い(むしろその背景には各国の「社会構造」的な要因がある)と捉えることにします。
そこで今回の実務家レベルの分析としては、より自然に納得できる
フルタイム社員の比率が高い国は
エンゲージメントレベルが高く、
フルタイム社員の比率が低い国は
エンゲージメントレベルが低い
傾向がある
という関係性の解釈で捉えます。つまりは、
フルタイムで働けるか働けないかが
エンゲージメントレベルに
影響を与える
フルタイム社員は
エンゲージメントレベルが高い傾向にあり、
フルタイム社員でない人は
エンゲージメントレベルが低い傾向にある(※)
ということをデータは示しているのでは? ということが、この分析を通じて浮かび上がってきたといえます。
日本のエンゲージメントレベルが低いという調査結果について語られるとき、その多くは正社員という対象を前提に、過去の高度経済成長期との違いや、先進諸国との就労環境(過労)・職場マネジメント(非効率)・仕事観の違いを焦点とするトピックになりがちです。一方、フルタイム社員か否か、については論点としてあまり取り上げられません。
通説とは少し異なる観点が見つかり、状況を複眼的に解釈することができるようになるということは、調査分析がもたらす大きな価値となります。
(※このことを断定するためには本来、個々人の調査回答データを用いた分析(「フルタイム社員」と「フルタイムではない社員」の属性に分け、エンゲージメントレベルの差の有無を確認する分析)が必要となりますが、ここではそのデータを持ち合わせていないためそこまでの分析ができません。)
■「フルタイム社員として働く」ことについてのギャラップ社の見解
実際のところ、ギャラップ社のエンゲージメント調査レポートでは、この「フルタイム社員として働く」ことに関わる問題提起はどのようになっているでしょうか。
このコラム上で試みた「国別のエンゲージメントスコア」と「フルタイム社員の比率」の間の相関分析は、ギャラップ社のエンゲージメント調査レポート上では行われていません。
しかし、そもそもギャラップ社があえて世界各国の「フルタイム社員の比率」の数値を公表していることからもわかるとおり、ギャラップ社は「フルタイム社員として働く」機会がもたらす「良い仕事」の価値を認識しています。
その具体例として、ギャラップ社の調査レポートでは
週30時間以上働く人を「フルタイム」と定義した上で、それを
「良い仕事」(Gallup defines a “good job” as any full-time work for an employer.)
と表現(定義)しています。(15、18ページ他)
エンゲージメント調査におけるオピニオンリーダー的存在のギャラップ社としては、「フルタイム社員であること」と「高いエンゲージメントレベル」との関係性については、実は自明のこととして認識していることが確認できます。
■まとめ
今回は先進国の「国別のエンゲージメントレベルの数値」と「国別のフルタイム社員の比率」のデータを用いて「フルタイム社員の比率の高低とエンゲージメントレベルの高低との相関関係」について確認してきました。
ここで改めての確認ですが、このコラムでの指摘自体は「実は日本のエンゲージメントレベルは低くない」という真逆の解釈を成立させるようなものにはなりえません。つまり、
日本のエンゲージメントレベルが低い
という調査結果の解釈自体は変わりようがありません。しかし、
日本のエンゲージメントレベルが
「6%のみ」
「139ヵ国中132位」
だった
とセンセーショナルに伝えることの価値以上に
日本だけではなく
実は西欧や東アジア圏の国も
エンゲージメントレベルが低い
西欧や東アジア圏では北米圏に比べて
「フルタイム社員」の比率が低い傾向にあり、
日本のエンゲージメントレベルの低さは
「フルタイム社員の比率が高くない」
現状が関係していることも考えられる
という情報も踏まえてサーベイを「読み解く」ことには大きな価値(必要性・重要性)がある、ということを強調したく、整理してみました。
(本来であればさらに詳細な分析を行いたいところですが、ギャラップ社の調査レポート上では「フルタイム社員」と「フルタイムではない社員」を分けた形でのエンゲージメントレベルの数値は開示されておらず、「フルタイム社員」に限定した場合に各国のエンゲージメントレベルがどのような数値になるのかを確認することはできません。これ以上の詳細データは公開されていないため、さらなる深掘りをすることはできません。)
次のコラムでは、このコラム⑤で指摘した分析内容について、一旦敢えて振り返りを行い、たとえ開示データが限られているとしても、サーベイフィードバックを行うこと自体に価値がある、ということを簡潔に整理したいと思います。