【調査を「読み解く」試み④】西欧圏・東アジア圏の低迷要因の模索(グローバル調査という視点)
◆このコラムの要約◆
「文化」の違いが影響している?
でも、定かではない
そのことを検証するのは、難しい
◆調査設計の視点◆
質問項目の
「表現の違い」がもたらす
「影響」を意識しておく
(「翻訳」の難しさを知る)
■文化圏の違いによる影響の可能性
前のコラムでは、ギャラップ社のエンゲージメント調査は
(日本のエンゲージメントレベルだけが特に低い)
という結果ではなく、
西欧圏と東アジア圏の
エンゲージメントスコアが全体的に低い
という調査結果の傾向があることを確認しました。
整理すると、調査の結果としては
(他国 > 日本)
という構図ではなく、
北米圏 > 西欧圏 > 東アジア圏
※そして日本は東アジア圏の国の1つ
という文化圏単位での傾向が見られ、
国別の数値に影響している可能性があることがわかりました。
■各文化圏の固有の特徴が数値の差をもたらす?
西欧圏と東アジア圏にはそれぞれのエンゲージメントレベルが低迷するような文化的特徴があるでしょうか。
ギャラップ社のエンゲージメント調査のレポート上には、全体結果を総括した「Executive Summary(4~9ページ)」の章があります。
その中で東アジア圏については
根深い歴史的伝統に基づく
「階層型リーダーシップ」構造
(a strong historical tradition
of hierarchical leadership)
という文化的背景についての指摘があります。
また西欧圏については、文化的特徴という観点による指摘ではなく
生産性(productivity)改善に向けた
「マネジメント改善の取り組みの遅れ」
という観点について、先行して取り組みが進んでいるアメリカと比較することで、その遅れを指摘しています。
そしてそれらの影響が
従業員中心のマネジメント
の実践
(employee-centered
management practices)
の「不足」
とつながり、結果として両文化圏のエンゲージメントレベルの数値が低迷していると分析しています(日本語はOD Zukanの意訳)。
■視点を大きく変えた考察-「調査結果の数値」が低くなる要因の模索
一方、ここで改めての確認として前提を大きく戻して一旦整理すると、そもそも文化圏別に傾向の違いが生じる要因としては、上記の解釈の前提になっている
(その文化圏で働いている人の
「実際の」
エンゲージメントレベルが低い)
→だから数値が低い
という解釈以外に、どのような想定要因が考えられるでしょうか。
あえて他の要因を上げるとすると、ひとつには
「グローバル」で実施された「調査」
という特徴による要因が考えられます。具体的には
①文化の違いによって
回答傾向に違いがあるか?
(→「5」を選ばなかったり「3」を多く選ぶ傾向があるから数値が低い?)
②「翻訳」による影響はあるか?
(→翻訳版だと「5」を選びづらい表現になっているから数値が低い?)
などの可能性です。そこでここでは上記2点について簡単に整理してみたいと思います。
■①文化の違いによって回答傾向に違いがあるか?
グローバル調査での文化の違いによる回答傾向に関して、ギャラップ社の調査レポートの中には
ラテンアメリカ圏では他の地域よりも
「positively」に回答する傾向がある
旨の脚注があります(22ページ・日本語はOD Zukanの意訳)。
一方、西欧圏や東アジア圏の人が回答の際に過小評価をする傾向にあるとの指摘は発見できませんでした。
そこで、西欧圏や東アジア圏の結果について、何らかの回答傾向を「独自に分析」することは可能でしょうか。
少なくとも調査レポート上に公開されているギャラップ社のデータからは詳細を確認することはできません。また仮にデータがあったとしてもそれらが「文化的な違い」によるものであることを検証する分析方法が浮かびません(それ自体が研究者にとっての研究成果になるようなレベルの難解な分析になるものと思われます)。
よって「文化の違いによる回答傾向の違い」については、特定するための情報と分析手法を持ち合わせていないため、このコラムにおける回答としては、わからない、とさせてもらいます。
■②「翻訳」による影響はあるか?
次にグローバル調査における翻訳の影響ですが、調査の質問項目が他の言語に翻訳された時に原文の意味・意図のニュアンスが変わってしまい、翻訳版の調査では「5」の回答が出にくくなってしまう、などという可能性も考えられなくはありません。これについてはどうでしょうか。
結論としては、文化的な違いと同様に翻訳の影響の検証を行うことも容易ではありません。そもそもOD Zukanではギャラップ社が実際に日本の調査で使用した調査資料(質問紙)を保有しておらず、実際の調査で使用された日本語訳を把握していません。
そのことを前提として敢えてコメントするならば、ギャラップ社のエンゲージメント調査の質問項目「Q12」と呼ばれる12問の中の1つに
I have a best friend at work.
という質問項目があります(レポート41ページ)。
実際に日本の調査で使用された質問項目ではありませんが、過去のギャラップ社の出版書籍の中に上記の英文の日本語訳を確認することができます。
「仕事仲間に
だれか最高の友だちがいる」マーカス・バッキンガム、カートコフマン(著)、宮本喜一(訳)(2000)「まず、ルールを破れ すぐれたマネジャーはここが違う」日本経済新聞出版社 pp.376
「職場に
だれよりも親しい友人はいるか?」マーカス・バッキンガム、ドナルド・O・クリフトン(著)、田口俊樹(訳)(2001)「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう あなたの5つの強みを見出し、活かす」日本経済新聞出版社 pp.323
「職場に親友がいる」
カート・コフマン、ゲイブリエル・ゴンザレス=モリーナ(著)、加賀山卓朗(訳)(2003)「これが答えだ! 部下の潜在力を引き出す12の質問」日本経済新聞出版社 pp.124
また引用元の確認はできませんでしたがWEB上で検索してみると
「仕事上で、
誰か最高の友人と呼べる人がいる」という日本語訳も確認できました。
上記のとおり、各書籍によって日本語訳の表現に差が生じています(各書籍の翻訳者が異なることなどが影響していると思われます)。
これらの差は実際のところ、書籍の内容を理解する「読解」という行為においては大した影響をもたらさないと考えられます。
一方、調査への「回答」という行為においては、質問項目の微妙な表現の差が回答の選択(数値)に影響を与えてしまう可能性があるかもしれません。
(例えば、日本語版の翻訳項目として選ばれた表現が、「《a best》friend」という英文の表現自体のニュアンスよりも「《もっと限られた希少な》friend」というニュアンスで解釈された結果、多くの日本人にとって「5」の回答が選びにくくなり、日本人の結果数値が低迷した、というような可能性です。)
また文章の「翻訳」については上記以外にも、原文を忠実に翻訳しようとすることで却って本来の意図から離れてしまう可能性や、日本語の文章だとぎこちなくなってしまう場合にどう対応するか、などさまざまな難しさが存在します。
いずれにしてもここでは、
翻訳された質問項目の文章は
グローバル比較を伴う調査の回答結果に
何らかの影響を与えている可能性
があるかもしれない
という点については軽く触れておきたいと思います。
しかし、ギャラップ社のエンゲージメント調査においてそのような翻訳の表現の「差」が実際に生じているのかどうか。これについては実務家レベルでは分析のしようがありません。
よって、研究者レベルの著作物とはなっていない今回のコラムでは、文化的な違い、翻訳による影響の有無については、ともに、わからない、とさせてもらいます。
■構造化された分析パターンを用いた分析(次のコラム)
ここまで「国別に違いが生じる要因を検討する」というテーマにおいて「文化的な違い」と「翻訳の影響」について記述してきました。しかしながらそれらの影響を検証することは難しいことを確認しました。
そこで次回のコラムでは一旦上記の文化の観点から離れ、
「エンゲージメントレベル」の高低に
影響を与えている要因の模索
として、ギャラップ社のエンゲージメント調査のレポート上に公開されている実際の数値を分析することで見えてくる特徴を整理します。
次回コラムでの指摘は、実務家レベルの知識・スキルでも分析に取り組むことによって問題の本質的要素が浮かび上がる事例として、貴社・貴組織においても応用できる観点だと思います。